おすすめ漫画 私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!

日常系の漫画で、黒木智子という女子高生が主人公です。
話は高校入学直前からスタートします。

モテモテな高校生活を送ろうと目論んでいましたが、コミュ障な性格なため、理想とは程遠いぼっちになってしまいます

話の随所にぼっちのあるあるが描かれていて、高校時代あまり友達がいなかった僕は共感できる箇所が多かったです。
例えば、8巻に修学旅行の班決めで好きな人とグループを作ることになるのですが、智子は自分が余る状況になるのを嫌がり早退しようとするシーンがあります。

こんな感じのいたたまれないエピソードが他にもいろいろと書かれていますが、ギャグっぽいテイストで書かれており楽しめるようになっています。
冒頭のコマのSPARKトレーナーなど、5chのコピペが元ネタになっているような小ネタもたくさん仕込んであるので、そういったところも楽しめます。
ちなみに途中から路線変更し、現在は智子を中心とした百合漫画となっています。

依田紀基九段の動画教材を買った話

2か月ほど前に依田紀基九段がyoutubeチャンネルを開設され、アマチュアの棋力向上企画を始められました。
https://www.youtube.com/watch?v=F7VHjqF1oEk

手筋を教えるだけで2級から6段にするというもので、興味があったのでとりあえず下記で全部購入してみました。
https://yodanorimoto.stores.jp/
現時点で全部買うと1,400円ですね。

全て視聴した上で結論から言うと、僕には動画の内容だけで6段は難しいと思いました。
話の内容としてはアキ三角は効率の悪い手だから、自分は打たずに相手に打たせよう、ということが主でした。
対局の中で使える要素の1つではあると思いますが、僕の場合は石の方向や死活、ヨセなど他にも覚えなければいけないことがたくさんあり、数ある教材の内の1つとして活用できるかな、という感じです。
動画の中でシチョウの読み方についての講座があり、シチョウをどう読んでいくかという話はあまり考えたことがなかったので、そちらはすごく参考になりました。
また、youtubeチャンネルで出演されている2級の方も、講座を受ける前の棋譜が見れる訳ではなく、いきなり7段に勝ったという対局を見せられるだけだったので、いまいち講座の効果が分かりにくいと思いました。
講座を受ける前の棋譜があり、どのような講座を受けて棋譜がどのように変わっていったのかという過程を見せて頂いて初めて説得力が生まれるのではないかと思います。

まだこれから動画が出されていくと思うので、その都度追記していきたいと思います。

おすすめ漫画 リボーンの棋士

ウシジマ君がスピリッツ連載中に合わせて読んでいた将棋漫画です。
全7巻で、最近完結しました。

奨励会というプロの養成機関を年齢制限で退会した安住が主人公です。

真ん中のコマの少年が安住です。

26歳で退会して3年後、カラオケ屋店員のバイトで第二の人生を歩んでいるところから物語はスタートします。



将棋から離れて生きていた安住でしたが、上のコマの同僚から将棋のイベントに誘われ、そこでのプロの指導対局をきっかけに将棋への情熱が蘇ります。
一度は諦めたプロへの道を、アマチュアの大会に出たり研究会へ参加したりしながら再び目指していく過程を描いた物語です。

ヒカルの碁のように、順風満帆でプロになっていくようなケースではなく、その裏で挫折していった人間がどのような状況にいるかというのはあまり知ることがなく新鮮なのと、才能はあっても挫折した人間が、再びその才能を輝かせていく様が楽しめました。
ちなみに単行本の売り上げが芳しくなかったようで、完結はしていますが途中から話が急展開な感じになっています。
落ち着いた感じの漫画が好きな人にオススメです。

F君と15年ぶりに対局しました。

この記事のF君と15年ぶりにダイヤモンド囲碁サロンで対局しました。
コロナの影響か、お客さんは他にほとんどいませんでした。
2局互先で打って、中押し負けと19.5目差負けでした。
彼もあまり囲碁はやっておらず、最近流行りの定石も知らないとのことでしたが、かなり強かったです。
ここ2,3か月指導碁を打ってもらったり、AIで検討したりして特訓していましたが、まだまだ差は大きいと感じました。

彼と昔のことなどいろいろ話しましたが、その中で印象に残った話がありました。
「小学生の時に6段ぐらいあったのだから、プロになろうとは思わなかったの?」と聞くと、
一瞬間を空けて、「院生の話や、師匠をつけるなどの話が親にされていたが、好きでやっている囲碁を仕事にさせたくない、という理由で断っていたらしい。」とのことでした。
後で親から聞いたということだったので、当時は何も知らされていなかったようです。
小学生だったとはいえ、そういった話は本人と一度は相談して判断させた方が良かったのではないかなと思いました。
返答への間が、彼の悔しさをあらわしていたような気がしました。


また一緒にサロンに行って、対局したいと思います。

真島昌平著 アガペーを読みました

闇金ウシジマくんの作者、真島昌平著、アガペーを読みました。

4つの短編が収録されています。
・ドルオタの話の「アガペー」
・地方の若者の様子を描いた「ショッピングモール」
・2011年の地震で被災し、上京した家族の様子を描いた「おなじ風景」
・東京でカメラマンやスナックの店員をしながら暮らす女性を描いた「東京の女」

ウシジマくんを書く時に著者は詳しく取材されていたという話を聞いたことがありますが、ものすごく描写が細かく小説を読んでいるかのようでした。
一番印象に残ったシーンです。


「おなじ風景」のシーンで、上京した家族の子供の回想です。
先生に給食前には手を洗って、と言われて泣くというコマが序盤に出てきて、読んだときは何のことかわからなかったのですが、読み進めていく内に意味が分かりました。

他にも「東京の女」では、女性が部屋に帰宅すると元カレがいて、そのままベッドでやるような場面もあり、全体的に生々しかったです。
短編は結構好きなので、また発売されたら買って読もうかと思っています。

ヒカルの碁の影響で囲碁部を作って全国大会に行った話 その5(終わり)

囲碁同好会の最初の大会はパッとしない成績で終わったが、活動が認められて12月頃には部に昇格した。
初めて県大会を突破したのは2年生の秋の大会だった。
秋の大会では全国ではなく関東大会が行われるので、宇都宮で初めての関東大会に参加した。
その時の棋力は2、3段ぐらいだった。
囲碁を始めて1年ぐらいで初段になれば向いていると言われるようなので、僕は向いている部類だったのかもしれない。

関東大会には団体戦で参加したのだが、個人戦にもなぜか参加できた。
その時にあたった、囲碁部の名門藤村女子の5段ぐらいの人に簡単に負かされてしまった。
それが悔しかったので、藤村女子と練習試合を組んで欲しいと顧問に依頼し、実施することになった。
藤村女子は吉祥寺にあり、普段あまり東京に行く機会がない僕はワクワクしていた。
さらに、高専は1学年200人ぐらいで、その中で女子は10人ぐらいという状況だったので、初めて行く女子高ということにも胸が高鳴った。
対局は惨敗だったが。
名門にもかかわらず、ポッと出の囲碁部と練習試合を組んでくれたことに未だに感謝している。
当時のことは記憶以外に残っているものがない。
スマホはなくとも携帯はあったのだから、記念に写真ぐらい残しておけばよかった。

全国大会に出場できることが決まったのは、その半年後の県大会である。
棋力は3段ぐらいだった。
決勝戦は千葉高校。
大将戦はほぼ勝ちが決まっていて、三将戦は勝つのが少し厳しい相手だったため、勝負は副将の僕にゆだねられていた。
序盤はものすごく劣勢だった。
ヒカルの碁でいえば、北斗杯の中国戦のヒカルのような感じである。
しかし、終局して数えてみると、半目勝っていた。
お互いの顧問、大将が「ほんとに?」と驚きながら何度も数えていたのを覚えている。

日本棋院のサイトに、2004年当時の大会のデータが残っていた。
C組に載っている。
https://www.nihonkiin.or.jp/event/amakisen/highschool-gochampionship/28/d-d.htm

残念ながらグループ抜けはできなかったが、その後の週刊碁で当時高校生だった下坂美織プロが二連覇を達成した、という大きい記事の隅っこに、高専で初めて全国大会に出場したということで写真付きで掲載された。

以上が囲碁部を作って全国大会に出場するまでの話である。
囲碁はそれから15年ぐらいほとんどやってこなかったのだが、最近また勉強をし始めた。
そんな中、高専時代の事を思い出し懐かしくなって、F君とまた対局したいと、久々に連絡を取った。

15年以上連絡を取ってなかったが、「一局打ってくれないか」とメッセージを送ると、「もちろんいいよ」と返ってきた。
今度ダイヤモンド囲碁サロンで久しぶりに一局打つことになっている。
高校時代に囲碁を始めて、F君に互先で勝つことが一つの目標だった。
高校3年間でそれは叶わなかったし、今もおそらく勝てないと思うが、あの時よりも強くなったと言ってもらえるような一局を打ちたいと思う。

ヒカルの碁の影響で囲碁部を作って全国大会に行った話 その4

秋の大会に向けてスタートした囲碁同好会。
主なメンバーは以下の通り。

F君
同好会の発起人。6段ぐらいで、小学生の時に全国大会にも出たことがある。
院生にも勝ったことがある実力者。


高校から囲碁を始めて、7月時点で5級ぐらい。

I君
同じクラスでF君を紹介してくれた人。ヒョロガリで眼鏡でスポーツ刈り。
7月時点で5級ぐらい。

N君
別のクラスの寮生。5級ぐらい。

あと他の寮生で3人ぐらい。

団体戦は3人しか出れないため、F君を確定とすると残りの2枠を争うことになる。

囲碁の勉強方法としては、当時は主に書籍とネット碁だった。
今だったらAIを使って勉強するだろうが、2002年頃の囲碁ソフトは僕でも楽に勝てるようなものばかりで、せいぜいアマの初段ぐらいだったと思う。
そういえばプレステのソフトで「ヒカルの碁 平安幻想異聞録」というのが発売されていた。
買って対局してみたが、佐為や塔矢行洋がメチャメチャ弱く、大石を取って投了させて遊んでいた。
あとは、別の高校に進学した友達もヒカルの碁の影響で囲碁部に入っていたので、そこで友達が教わった事を又聞きで学んだり、
高専の近くに木更津高校があり、そこに進学した友達のツテで囲碁部に練習させてもらいにいったりした。

大会までの間のおよそ4ヶ月間で2級ぐらいになり、僕は団体戦のメンバーに選ばれることができた。
同じぐらいの棋力になっていたI君も選ばれ、F君、僕、I君の3人で団体戦に出場することになった。

初めて出た大会の団体戦では、千葉高、木更津高校が強豪として名を連ねていたように思う。
我らが高専は残念ながら予選を抜けれず、千葉高が全国大会に進んだ。
個人戦でもかんばしい成績を残せず、囲碁同好会としての最初の活動は地味な形で終わった。

その5につづく

ヒカルの碁の影響で囲碁部を作って全国大会に行った話 その3

F君と出会い、囲碁部を作ることになった。
ただし、高専の決まりとして最初は部ではなく同好会を設立し、その活動実績によって部に昇格するというものがあった。
(当時の話なので現在は不明。)
そのため同好会を申請することにした。

代表を誰にするかという話で、流れとしてはF君が妥当だと思われたのだが、彼はテニス部にも入部していて忙しいとのことなので、僕が務めることになった。
(僕も吹奏楽部に入ってはいたが、当時はサボり気味だった。)

創設時のメンバーは僕、F君、F君を紹介してくれたI君と、他にもF君の友達の寮生が4人で、合計7人。
顧問は囲碁が打てるT教員とD教員(それぞれアマ3段、初段ぐらい)をF君が探してきてくれた。
夏頃に申請は無事に承認され、囲碁同好会がスタートした。
部室など当然ないので、茶道部が使っていた図書館の12畳ほどの和室の半分を使わせてもらうことになった。
F君以外は僕も含めてほとんど初心者の集まりだったため、活動内容は主にF君の指導後になる。
F君のテニス部がない週2日、みんなで集まり、それ以外は各自ネット碁や書籍などで勉強することにした。

僕のいた千葉県では、春、秋の年に2回大会があった。
大会は個人戦、3人1組で戦う団体戦の2種類があり、両方参加が可能。
当時は個人で強い人はちらほらいたが、1つの高校に2人以上揃っているケースは少なく、団体戦であれば十分全国を狙っていける状況だった。
(大将、副将、三将の3人1組で、2人勝った高校が勝ちとされる。)

高専ではあるが、高校に混じって参加しても問題なかったので、まずは秋の大会に向けて囲碁同好会はスタートを切った。

その4につづく

ヒカルの碁の影響で囲碁部を作って全国大会に行った話 その2

ある日同じクラスのI君が、「寮に同級生で囲碁が打てる人がいるよ。」と教えてくれた。

高専は5つの学科に分かれていて、僕は情報工学科だった。

さらに高専には寮があり、僕は通いだったが、同じクラスのI君は寮生だった。

通いの学生だと他の学科との絡みは部活ぐらいしかないのだが、寮生は割と他の学科との交流が盛んであった。

I君も他の学科の学生と友達になっていて、囲碁が打てるF君を紹介してくれた。

F君は後々プロになるような猛者が集まる全国少年少女囲碁大会に出場経験があり、さらに院生にも勝ったことがある実力者だという。

また、彼は囲碁部を立ち上げて大会に出ることを計画していると教えてくれた。

一緒に囲碁部を作らないか、という誘いにもちろんOKした。

入学直後に頓挫した囲碁部に入るという目標が、再び息を吹き返したのである。

その3につづく

ヒカルの碁の影響で囲碁部を作って全国大会に行った話 その1

今から18年前の春、僕は木更津高専に入学した。

(高専とは5年制の高校と専門学校があわさったような学校。)

当時はヒカルの碁が連載中で、その影響を受けて入学前から囲碁部に入ろうと決めていた。

入学式当日に配布されたシラバスに書いてある部活一覧を見ると、棋道部というのがあり、これが囲碁部だろうと思った。

ところが、数日後の新入生歓迎会で行われた部活紹介で、棋道部は出てこなかった。

シラバス以外に何も情報が無かったので、顧問のN村教員を訪ねてみることにした。

話を聞いていくと、確かに部活は存在しているものの、ちょうど僕の入学前に部員が全て卒業してしまったらしい。

囲碁部に入ることはその時点で頓挫してしまったのだが、先生は囲碁が打てるとのことだったので、とりあえず放課後の空き時間に教員室で打ってもらうことになった。

(高専の常勤の教員は部屋が割り当てられている。)

当時僕は囲碁を始めて3ヶ月で5級ぐらいで、教員は初段ぐらいだったので、対局は5子局でお願いしていたと思う。

僕の想定していた形とは違ったが、とりあえず学校で囲碁が打てればいいか、と1ヶ月ぐらい教員室で対局してもらう日々が続いた。

そんな状況に変化をもらたしたのが、僕が囲碁をやっていることを聞きつけた同じクラスのI君だった。

その2につづく