ヒカルの碁の影響で囲碁部を作って全国大会に行った話 その3

F君と出会い、囲碁部を作ることになった。
ただし、高専の決まりとして最初は部ではなく同好会を設立し、その活動実績によって部に昇格するというものがあった。
(当時の話なので現在は不明。)
そのため同好会を申請することにした。

代表を誰にするかという話で、流れとしてはF君が妥当だと思われたのだが、彼はテニス部にも入部していて忙しいとのことなので、僕が務めることになった。
(僕も吹奏楽部に入ってはいたが、当時はサボり気味だった。)

創設時のメンバーは僕、F君、F君を紹介してくれたI君と、他にもF君の友達の寮生が4人で、合計7人。
顧問は囲碁が打てるT教員とD教員(それぞれアマ3段、初段ぐらい)をF君が探してきてくれた。
夏頃に申請は無事に承認され、囲碁同好会がスタートした。
部室など当然ないので、茶道部が使っていた図書館の12畳ほどの和室の半分を使わせてもらうことになった。
F君以外は僕も含めてほとんど初心者の集まりだったため、活動内容は主にF君の指導後になる。
F君のテニス部がない週2日、みんなで集まり、それ以外は各自ネット碁や書籍などで勉強することにした。

僕のいた千葉県では、春、秋の年に2回大会があった。
大会は個人戦、3人1組で戦う団体戦の2種類があり、両方参加が可能。
当時は個人で強い人はちらほらいたが、1つの高校に2人以上揃っているケースは少なく、団体戦であれば十分全国を狙っていける状況だった。
(大将、副将、三将の3人1組で、2人勝った高校が勝ちとされる。)

高専ではあるが、高校に混じって参加しても問題なかったので、まずは秋の大会に向けて囲碁同好会はスタートを切った。

その4につづく

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